「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」(国立新美術館、2026)会場風景より
*「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」を公開中!(随時更新)
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六本木の国立新美術館で「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展が開幕した。会期は2月11日〜5月11日。
1990年代、英国の現代アートシーンは劇的な変貌を遂げた。サッチャー政権後の社会的混乱のなかから生まれた「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」たちは、既存の枠組みを打ち破り、新しい素材、衝撃的な表現、そしてDIY精神で世界のアート界に旋風を巻き起こした。

本展は、1980年代後半から2000年代初頭にかけての英国美術を、テーマ別に構成された6つの章と複数のスポットライト展示で紹介する。出展作家には、ダミアン・ハースト、ジュリアン・オピー、ルベイナ・ヒミド、スティーヴ・マックイーン、トレイシー・エミン、ヴォルフガング・ティルマンスらが名を連ねる。大衆文化や個人的な物語、社会構造の変化などをテーマとし、絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーションなど多様な手法を用いた作品群が一堂に会する。共同キュレーターを務めるのは、テート美術館のグレゴール・ミューア(コレクション部門ディレクター)とヘレン・リトル(テート・ブリテン現代美術部門キュレーター)。
このレポートでは本展の見どころを各章ごとに紹介したい。

展覧会は、20世紀美術史における巨匠フランシス・ベーコンの晩年作《1944年のトリプティック(三幅対)の第2ヴァージョン》(1988)からスタートする。不都合な真実に向き合い、人間存在の暗部をむき出しの肉体表現で描き出すベーコンの姿勢は、芸術と生活が複雑に絡み合う現実をとらえようとする1990年代の若いアーティストたちの精神的支柱となった。会場に足を踏み入れた鑑賞者は、まずこの生々しい表現と対峙することになる。

ベーコンの作品が完成して数年後、1990年代初頭のサッチャー改革がもたらした格差拡大と失業のなかで、「英国らしさ」が改めて問われていた。第1章は、揺らぐアイデンティティと不安定な社会を探究した新世代のアーティストたちに焦点を当てる。
1988年、ロンドン東部の使われなくなった冷蔵倉庫で開催された「フリーズ」展は、YBAムーブメントの起点として美術史に刻まれることになった。当時学生だったダミアン・ハーストが企画したこの展覧会は、伝統的なギャラリー空間からの決別を象徴している。本展で紹介される《後天的な回避不能》(1991)は、ベーコンから影響を受けたハースト初期の代表作だ。ガラスケースの中にオフィス空間を閉じ込めた本作は、人間が繰り返しのサイクルから逃れられないことを暗示している。テーブルの上の煙草、灰皿、ライターは、死をもたらすもののメタファーであり、人間存在の儚さを見る者に問いかける。

マーク・ウォリンジャーの《異父兄弟の競走馬(イグジットトゥノーウェアとマキャベリアン)》(1994〜95)は、英国の伝統や社会問題を鋭い視点でとらえた作品。1980年代末から90年代初頭にかけて実際に活躍した名馬の名前に由来する本作では、価値ある血筋を引く2頭の体の組み合わせが、パントマイムの舞台でふたりの演者が一頭の馬を演じる姿に重ねられている。競走馬の世界の血統主義や優生学的な評価、さらには家柄や階級について皮肉を交えて批評しているとも言える。

本展の特徴のひとつは黒人作家の実践に焦点を当てるところにある。2026年のヴェネツィア・ビエンナーレ英国代表に選ばれているルベイナ・ヒミドの《二人の間で私の心はバランスをとる》(1991)は、19世紀フランスの画家ジェームス・ティンの海景画をもとにした作品である。アフリカ調の洋服を身にまとったふたりの女性が、植民地時代の地図を破って海に捨てることで、白人男性によって支配されてきた航海術や知識の体系を否定し、黒人女性が主体となって歴史を語ろうとする意思を示している。

また、本作を上から見守るかのように、クリス・オフィリの《ユニオン・ブラック》(2003)が展示されている。英国旗「ユニオン・フラッグ」の白・青・赤を、アフリカ系の人々の解放と自由を掲げる汎アフリカ主義運動の三色旗、緑・赤・黒に置き換えた作品だ。2003年のヴェネツィア・ビエンナーレで英国館の屋上に掲げられ、英国の多文化主義を象徴する作品として人々の記憶に刻まれた作品でもある。

伝統的製造業の衰退と経済不況によって、1990年代の英国の都市には未完成のビルや空き店舗、廃墟と化した建設現場が溢れていた。しかし、こうした打ち捨てられた周縁部は、若いアーティストたちにとって予期せぬ創造の場となった。
第2章では、都市の急速な変化に目を向け、その表象や空間を独自の視点で読み解いたアーティストたちを紹介する。たとえば、サイモン・パターソンによる《おおぐま座》(1992)は、情報やその信頼性について、ユーモアを交えつつ鋭く問いかける作品である。一見、ロンドンの地下鉄の公式路線図に見えるが、近づいてみると駅名は哲学者や俳優、政治家をはじめとした著名人の名前に置き換えられていることに気づく。地図や図表が信頼できる情報源だと信じる私たちの思い込みを、遊び心をもって裏切っているのだ。

キース・コヴェントリーも当時の都市のあり方を独自の視点で解釈したひとりだ。《バージェス・パーク SE5、1983年、1988年に伐採》(1994)は、公共空間で目にする植樹とそれを支える杭を鋳造した作品である。タイトルが示すように、その樹はすでに伐採されたもの。本作は失われた日常風景の記録であると同時に、過去の風景を称える記念碑でもある。

物体のあいだに存在するネガティブ・スペースを型取りする独自の手法で知られるレイチェル・ホワイトリードは、社会の変化と人々の記憶に関する作品を手がけてきた。1990年代初頭、ホワイトリードはロンドン東部の低所得者層が住む地域で生活していた。そうした地域では、サッチャー政権の住宅政策により高層住宅の取り壊しが実施され、多くの人々が住む場所を失うことになった。社会的弱者に悪影響を与える政府の姿勢に疑問を感じた作家は、団地の取り壊しの経過を記録した。本展で紹介される写真シリーズ「破壊」は、社会の経済的状況の変化によって消滅する場所や暮らしのメタファーでもあり、すでにいなくなった存在への追悼の意も込められている。

1990年代の英国では、美術、広告、ファッション、音楽の各業界が新しいかたちで交差し、独自の文化的局面を作り上げていた。ブリットポップやレイヴ・カルチャーの隆盛、『iD』『ザ・フェイス』『デイズド&コンフューズド』といった雑誌が伝えるストリート・ファッション、そしてヴィヴィアン・ウエストウッドやアレキサンダー・マックイーンらによるオートクチュール。これらすべてが、ユース・カルチャーと大衆文化の概念を更新していった。第3章では、芸術の伝統的な枠組みを打ち破るために音楽の開放的な力に積極的に関わったアーティストたちの実践に光を当てる。

ジュリアン・オピーは、デジタル技術を用いたシンプルな人物描写で知られる作家だ。ブリットポップの代表的なバンドのひとつ、ブラーのメンバー4人をモデルにした作品を手がけ、その作品はアルバム「ブラー:ザ・ベスト・オブ」のジャケットや世界中のビルボード、ポスターなどに使用された。本展で紹介される《ゲイリー、ポップスター》(1998〜99)も同様に様々なヴァリエーションで展開された作品で、芸術と商業世界の境界を曖昧にするものとして位置づけることができる。

壁に直接書かれた図表は、異なる文化的な背景を持つ様々なグループとのコラボレーションに根ざした活動を展開するジェレミー・デラーによる作品だ。《世界の歴史》(1997〜2004)は、英国が工業国からポスト工業国へとどのように変化していったかをテキストと図表で示し、20世紀の英国の歴史についてのひとつの解釈を提示している。

いっぽう、1990年代の大半をロンドン、ベルリン、ジャマイカのクラブシーンを横断して過ごしたヴォルフガング・ティルマンスは、ストリート・カルチャーとクラブ・カルチャー、テクノ・ミュージックとの密接な関係を築き、平和運動や同性愛者の権利獲得運動、エイズの問題にも積極的に関与した。当時は『i-D』のような雑誌がもっとも重要な発表の場であり、友人たちや静物、クラブシーンをとらえた写真は、雑誌の見開きの特集ページに登場した。本展では写真作品とともに、雑誌コーナーで当時の誌面も見ることができる。


1990年に開催されたグループ展「現代医学」は、アーティストたちが芸術、人間らしさ、身体と心の複雑な関係に向き合った画期的な出来事として英国美術史に記録されている。第4章では、医学や科学への関心から、身体の不気味さやその根源をとらえようとしたアーティストの作品を紹介する。

1997年にロイヤル・アカデミーで開催された「センセーション」展で、マーク・クインは約5リットルの自分の血を凍らせて制作した自身の頭部の肖像《セルフ》(1991)を出品し、世間の大きな注目を集めた。本展で紹介される《逃げる方法が見つからないIV》(1996)も身体の流動性や変容がテーマとなっており、クイン自身の裸体をポリウレタン・ラバーで型取りして制作されている。作家曰く、これは「変容の究極の瞬間、暴力的な脱皮」である。

1980年代から90年代のHIV/エイズ危機も忘れてはならない。映画監督として、また同性愛者の権利のための活動家としても知られるデレク・ジャーマンの《運動失調—エイズは楽しい》(1993)は、皮肉やユーモアを交えて自身の病状を語る重要な作品のひとつ。タイトルにある「運動失調」は、中枢神経系が病魔に侵されると平衡感覚や筋肉の協調運動が失われる神経学的な症状を意味している。鮮やかな色彩が厚く塗られた絵の表面は、視力が低下したジャーマンが絵具を指で直接塗り伸ばしたことを示している。同性愛者に対して厳しい差別が存在していた当時において、本作は率直な心の内、歓び、アイロニー、そして抵抗のあり方を表現していた。

90年代の英国のアーティストたちは、家族や家庭、そして家に関する慣習的な表象にも挑戦した。
隣で展示されているリチャード・ビリンガムの《無題》(1994)とサラ・ジョーンズの《ダイニングルーム(フランシス・プレイス)》(1997)に注目してほしい。前者は公営住宅に暮らす作家自身の両親で、アルコール依存症に苦しむ父親と刺青が入った母親の口論を、後者は裕福な家庭の室内で孤立する10代の少女たちをとらえている。労働者階級と中流階級という異なる背景にありながら、ふたつの作品はともに英国の家庭が抱える複雑さや緊張感を浮かび上がらせる。

サラ・ルーカスの《煙草のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子II)》(1999)は、家庭用品を革新的な方法で用いて、ジェンダーやセクシュアリティ、アイデンティティに関する伝統的な概念に挑戦する作品だ。ルーカスが煙草と椅子を用いるようになったのは1990年代初頭。それは椅子は安価で手に入れやすく、反抗的なアクセサリーとしての煙草は、自己を害することの象徴であると同時に、「立ち止まって熟考する」機会をもたらすものでもあったからだ。本作では、椅子が身体の代役となり、煙草で覆われたふたつのボールを黒いブラジャーで支えている。ルーカスは、ユーモアと男性社会に対する挑発や不快感を織り交ぜながら、当時の英国のタブロイド文化に表れていたジェンダー・バイアスへの批判を込めているという。

1990年代の多くのアーティストは、安価で手に入りやすく、それまで芸術作品の素材として適さないと考えられていた日用品を積極的に採用した。これは経済的な理由もあったが、現実の経験から離れすぎていると感じられた1980年代の壮大なミニマリズムやコンセプチュアル・アートへの反動でもあった。最後の章ではなんでもないことから生まれる作品に焦点を当てる。
たとえば、ダグラス・ゴードンの《指示(ナンバー1)》(1992)は、映像を用いて、ある集団のなかで蓄積され共有される記憶や認識のあり方を問う作品である。1992年にローマで開催された展覧会のために制作された本作は、キュレーターに対し展覧会期間中に毎日実行するべき指示書を提供するというものだった。指示の内容は、市内のカフェに電話をかけ、バーテンダーに店内の客を呼び出してもらい、「君は君の愛を永遠に隠しておくことはできない」というメッセージを伝えて電話を切るというものだった。その象徴的な言葉は大きく壁に書かれており、展覧会グッズとしても登場する。

鮮やかな赤の絵画は、先行世代としてYBAの躍進にもっとも大きな役割を果たしたマイケル・クレイグ=マーティンによるものだ。明確な輪郭線を用いて日用品を描いた《生まれ知ること》(1996)では、梯子は消火器よりも、さらにその消火器は懐中電灯よりも小さく描かれている。クレイグ=マーティンは、各モチーフの大きさを実際のサイズとは異なる比率で描くことで、遠近感を操作している。大きく描かれたものが手前に、小さいものが奥へと後退して見える画面構成は、私たちに見慣れた物を別の角度から見るように促す。

本展の各章のほかに「スポットライト」コーナーが設けられている。没入感溢れるインスタレーションを通じて、90年代英国アートの多層的な側面が浮かび上がる。
個人的な経験の告白を作品の核とするトレイシー・エミンの《なぜ私はダンサーにならなかったのか》(1995)は、作家が育った海辺の町マーゲイトの風景とともに、ティーンエイジャーだった頃の苦しみと男との関係を語るヴィデオ作品だ。作品の後半で映し出されるエミンの踊りはまるで、過去の苦い経験への勝利を示しているようだ。

なかでも特筆すべきは、コーネリア・パーカーの《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》(1991)だ。北アイルランド紛争が終焉に向かう時代、IRAによる爆破事件が英国内で立て続けに起き、社会の関心が高まっていた。そんななか、パーカーは、英国陸軍に庭の物置小屋を爆破することを依頼した。その残骸を一つひとつ拾い上げ、天井から紐で吊るし、中央に電球を設置。小屋の断片は空間に浮遊しているように見え、爆発の瞬間を切り取ったかのようなイメージが作り出される。


そのほか、クラブ・カルチャーを記録したマーク・レッキーの《フィオルッチは私をハードコアにした》(1999)、挑発的かつ詩的な映像作品を生み出すスティーヴ・マックイーンの《熊》(1993)、マーク・ウォリンジャーの《王国への入り口》(2000)、ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴの《ハンズワースの歌》(1986)も展示されている。

激動の時代を生き抜いた作家たちの眼差しを通じて、アート、社会、そして人間存在の本質について改めて考える機会を提供してくれる本展。同館での開催を経て、京都市京セラ美術館(6月3日〜9月6日)に巡回する予定だ。オリジナルグッズも充実しており、グッズ売り場にもぜひ立ち寄ってほしい。
灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)