公開日:2026年2月14日

「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」(東京都現代美術館)レポート。落合陽一作品や国内初の量子コンピュータアートなど、科学と芸術の出会いがもたらした新たな表現に注目する

「量子」「宇宙」とアートのコラボレーションを通じて世界のとらえかたを再考する企画展。会期は5月6日まで。

会場風景より、古澤龍《Mid Tide #3》(2024)

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宇宙や量子はアートに何をもたらすか?

東京都現代美術館では「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」が開催されている。会期は1月31日〜5月6日。担当は同館学芸員の森山朋絵

本展は、宇宙や量子などのサイエンス領域とアートのコラボレーションを通して「世界の成り立ち」や「見えない世界」について考える企画展。科学者らによる宇宙研究と、アーティストによる宇宙をテーマとした作品群に加え、国産の「量子コンピュータ」による初のアート作品など、「時と空間」が不思議なふるまいを見せる「量子」の領域に取り組む、新たな表現の可能性に迫る。

会場風景

参加作家:久保田晃弘+QIQB、平川紀道、ARTSATプロジェクト(久保田晃弘|平川紀道)、逢坂卓郎、落合陽一、江渡浩一郎+アラレグミ、安藤英由樹+田中成典、古澤龍、森脇裕之、片岡純也+岩竹理恵、藤本由紀夫+永原康史、田中ゆり+有賀昭貴+パヴレ・ディヌロヴィッチ、吉本英樹、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)/天文仮想研究所(VSP) /東京藝術大学、アンリアレイジ、Useless Prototyping Studio、種子島宇宙芸術祭実行委員会、量子芸術祭実行委員会ほか

会場風景より、片岡純也+岩竹理恵《KEK曲解模型群》(部分、2025)

現代アートの領域において、宇宙や量子をテーマとした展覧会は、ここ数年で数多く開催されている。「理想郷としての宇宙/身近になる宇宙」「アーティストによる宇宙/リアルな宇宙」「歴史的視点から見た宇宙」などをテーマとした美術展に加えて、 国内外のサイエンス・ミュージアムでもアーティストによる作品が展示されるようになった。

会場風景より、逢坂卓郎《生成と消滅 2025》(2025)

学芸員の森山は、アートとサイエンス、テクノロジーが本来は同じ目的を共有する営みである、と3者の親和性を強調しながら本展の見どころを次のように語る。

「本展はアートとサイエンス、テクノロジーという異なる領域が改めて出会い直すような場となっています。科学技術あるいは芸術という『眼』を通せば、私たちが知っているつもりの世界の新しい姿が浮かび上がる。研究者とアーティストのコラボレーションによって探求されるインフィニティな(答えの出ない)世界を、ぜひ鑑賞者のみなさまにも体感してもらえればと思います」

会場風景より、戦後から1970年大阪万博前後にかけて、科学と芸術の両領域で先駆的活動を行った科学者・芸術家らの資料展示

展示空間でひときわ目を引く、落合陽一の巨大作品

本展は章立てが明確になされているわけではなく、作品のテーマや特性ごとに展示がゆるやかにつながるよう構成されている。

入口から見て左側の吹き抜けに配されているのは、落合陽一による作品群。大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「null²」のデザインや、メディアアートの国際的祭典であるアルスエレクトロニカへの出展などで知られる落合だが、国内の公立美術館での展示機会は意外にも少ない。同館では「MOTアニュアル 2023」以来の紹介となった。

今回出品されているのは、AIによってリアルタイムで映像が生成される大型インスタレーションと、作家が「手長足長」と呼ぶ木彫シリーズだ。「手長足長」は3DCGで作ったオブジェクトをCNCという加工機で削り出し、それらを飛騨高山の木工職人が磨いて仕上げた作品。彫刻が巨大な質量をもって静かに佇むいっぽうで、質量を持たない映像は川や滝のように絶えず循環するという対比構造が、空間全体を貫いている。

会場風景
会場風景より、落合陽一《物象化する願い、変換される身体(足長)》(一部、2022)

落合作品における民藝的な着想とテクノロジーの融合は、入口から見て右側の展示室に展示されている吉本英樹の作品と響き合う。

《DAWN》は、1万分の1mmの極薄金箔やプラチナ箔に、レーザーで極細な加工を施した平面作品であり、裏側から照らし出される光によって箔の陰影が多彩な表情を覗かせる。アートの語源が「Ars」という自然にはないものを人為的に生み出す技能を指す語であることを想起させるように、これらの作品は現代の科学と伝統的な工芸というふたつの技能が交差する場を体現している。

会場風景より、吉本英樹《DAWN》(2023)

宇宙開発とコラボするアートやファッションの事例

《DAWN》の奥につづく空間では、宇宙開発とアートやファッションの領域によるコラボレーションの事例が紹介される。世界初の芸術衛星「ARTSAT1: INVADER」と深宇宙彫刻「ARTSAT2: DESPATCH」からなる、《ARTSAT Chronicle》は「宇宙と地上を結ぶメディア」として芸術/工学のジャンルを横断した取り組みだ。

会場風景

同じ部屋には、JAXA、株式会社タカラトミー、ソニーグループ株式会社、同志社大学の4者が共同開発した世界最小・最軽量の変形型月面ロボット《SORA-Q》や、ファッションブランド、アンリアレイジの2022-23年秋冬コレクション《PLANET》も紹介されている。同コレクションは、JAXA相模原キャンパスの「宇宙探査実験棟」に再現された月面空間を舞台にショー映像が制作され、宇宙服素材を応用したリアルクローズとして注目を集めた。本展では、コレクションピース(一部)の展示のほか、ショー映像の上映も行われている。

会場風景より、JAXA、株式会社タカラトミー、ソニーグループ株式会社、同志社大学《SORA-Q》
会場風景より、アンリアレイジ 2022-23年秋冬コレクション《PLANET》

さらに歩みを進めると、奥の展示室にはアートユニットの片岡純也+岩竹理恵による《KEK曲解模型群》が展覧されている。こちらは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)が開催したアーティスト・イン・レジデンスの成果ならびに、「つくばサイエンスハッカソン2025」の一環として制作された作品に近作を加えて構成されたものだ。

会場風景より、片岡純也+岩竹理恵《KEK曲解模型群》(2025)

片岡と岩竹は、本展におけるもうひとつのテーマである「量子」を含む物理学の概念を、アートの視点から「曲解」することで新たなイメージを生み出す。これらの作品は、量子もつれ(エンタングルメント)やトンネル効果、フレミングの左手の法則など、難解に思われる物理現象をアートという媒体に翻訳し直すような試みと言えるだろう。

会場風景より、片岡純也+岩竹理恵《KEK曲解模型群》(部分、2025)

アートと「量子ネイティブ」なアイデアの出会い

いっぽう、量子の不確定で不可思議なふるまいを、より専門的な観点からとらえる「量子コンピュータアート」にも注目したい。久保田晃弘+QIQBは、次世代へ向けて「量子的なセンス」の重要性について問いかけた「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」展(大阪・関西万博、2025年)の成果をまとめた冊子ならびに作品を発表している。人間が知覚不可能なミクロの世界での現象を観測し、平面作品として昇華したこのプロジェクトは、日本国内でもまだ実例の少ない試みとして位置付けられている。

会場風景より、久保田晃弘+QIQBの作品群

同じフロアには、ニュートリノという素粒子を観測する巨大装置、スーパーカミオカンデが詩を紡ぎ出す平川紀道の《(non)semantic process[version for neutrinos detected by Super-Kamiokande]》や、空間と時間の流れを互いに重なりあう存在として比喩的に読み替えた古澤龍の映像作品《Mid Tide #3》など、「量子ネイティブ」な創造的思考・アイデアをもとに作られた作品が並ぶ。

会場風景より、平川紀道《(non)semantic process[version for neutrinos detected by Super-Kamiokande]》(2026)
会場風景より、古澤龍《Mid Tide #3》(2024)

また、こうした量子や宇宙にまつわる概念を初めて知る人にもわかりやすく楽しめるよう、会場の入り口付近には様々な体験型展示が設けられている。

会場風景

波動と粒子の性質を利用したアーケードゲーム、小惑星探査機はやぶさを小惑星「リュウグウ」に着陸させる体験ができる《はやぶさ2 タッチダウン・チャレンジ(東京藝大ドーム検証版)》、量子をモチーフにしたカードゲーム《シュレーディンガー・デュエル》など、子供から大人まで楽しめるような作品が展開される。

展示風景より、《はやぶさ2 タッチダウン・チャレンジ(東京藝大ドーム検証版)》
会場風景より、瀬戸勇起《シュレディンガー・デュエル》

竹橋の科学技術館や、台場の日本科学未来館で見られるような作品が、現代美術館の空間に並んでいることには、ひょっとすると少し不思議な感覚を抱くかもしれない。しかし、それはアートの枠組みが更新されつつあることの証でもある。

宇宙や量子という私たちの感覚や直感を超えた存在に触れることで、アートは人間の認識形式を拡張する場へと変容していく。本展はまさに、その現在地を示すような試みであった。

井嶋 遼(編集部インターン)

井嶋 遼(編集部インターン)

2024年3月より「Tokyo Art Beat」 編集部インターン